ぼちぼちゆで卵

結婚、離婚、子育て地域とのかかわり等、特別なことはありませんが時々起こる喜怒哀楽な出来事を書いています。

両方に敬意を払う



私、勘違いしてました。



人のために、
思いやりを持つこと、


どちらも自己犠牲の上に成り立つものと思ってました。


だから
身近なことで言うと



子どものために自分の時間を使う。
子どものために自分が稼いだお金を使う。


それが子どものためだと、思いやりだと


勘違いしてました。


同僚の男性スタッフからこんなことを言われたことがあります。



「あなたを見ていると、辛くなる。頑張りすぎてて切なくなる」
             こんなきれいな言葉じゃなかったと思うけど


これを聞いた時
私は誉め言葉だと受け取っていました。


「頑張ってるね」ってことでしょ?


でも







違ったんですねぇ(笑)


綺麗な言葉で書いちゃったのであれですが、


ぶっちゃけ


悲惨

だったんだと思います。


子どもがいるからいいのよ
子どもが幸せならいいのよ
子どもが頑張っているからいいのよ







私がボロボロでも・・・。



そうやってやってきたから
今の自分や生活があることを
否定するわけではないのです。
だけど



当時の私は、世間様のいう
よい母親になるために
よい母親であるためには子どもはよい子でなければならない


を必死で実践してたと思います。


自分の子にも、他人様にも厳しく


ギスギスしてくさくさして


そういうのを隠そうとしても
分かる人にはわかる。


みんな言わないだけですよね。



「自分を大切にできない人が、人を助けられるはずはない」


どっかで聞いた話ですが、



自分と自分以外の人に丁寧に敬意を払いながら接する。


自分を大切にすることの本当の意味が分かった気がしています。

×

非ログインユーザーとして返信する