ぼちぼちゆで卵

結婚、離婚、子育て地域とのかかわり等、特別なことはありませんが時々起こる喜怒哀楽な出来事を書いています。

したいことをする勇気∼他人の目∼

最近
自分が本当にしたいこと


について考える。


もう、無意識に我慢し続けて   
はや何年?


本当にしたいことが
分からなくなっているではありませんか!!


なので、気の向くままに
「ふと」思いついたことを
片っ端からやってみることにしている
  まだまだブレーキかかってやり切れてませんが( ;∀;)

その一つに
おしゃれをする。
があります。


まず手始めにパーマをあてる。
好きな洋服を買う。
それを着て遊びに行く。


です。


ネットで洋服を探す。
素敵なワンピースを見つけました。


ちょっと奇抜な感じの今まで着たことがない
マキシ丈のワンピース(アジアンチックなやつ)


子どもたちからは
「すごく似合う!」と評判がよく
自分でもすごくしっくりくる


びっくりな体験でした。


今までは、
周りのお母さん達から浮かないように
母親らしく
年齢相応に
動きやすく
仕事がしやすく。
汚れても大丈夫
っていう基準で着るものを選んでた。


今思えば、どれを着ても「私」という感覚がなく
ちょっとした違和感を感じていた。


ただただ
これが着たい
と選んだものがすごくしっくりくる!


私、我慢してたんだ( ;∀;)




ただこれ、京都には来て行けたけど
地元の今までの私を知ってるお母さん達の前でも着れるかって、



ハードル高い!!
絶対びっくりされる。
「えっ!?」て引く人もいるよね

したいことをするには…勇気がいるなぁ😢

~京都一人旅~ 

2泊3日で京都に行ってきました。
冷凍庫に冷食いっぱい詰め込んで
子ども達を放ったらかして
自分だけのために
行ってきました!(*´Д`)




20年前には大阪で一人暮らししていたので
「私は大丈夫!」
「京都なんか何回も行ったことあるし!」


って甘く見てたんですが…。


甘くなかったΣ( ̄ロ ̄lll)ガーン


まず、いつものごとく
お気に入りのワンピース以外は現地調達にしようと
謎のお気楽な自分が・・・。


京都駅につけば何でもあるし
行ってから時間もあるから
UNIQLOなんてどこでもあるし



ところが、20年前とは打って変わって様変わりした駅
どこに何があるのか、
どこを行けば知ってるところに出られるのか


全く分からなーい!


バスの中でスマホ見すぎたせいで
バッテリーが残り少ない中、
ナビ使ってもわからなくて
ウロウロしまくって、
疲れてボロボロになりました。


初めて泊るゲストハウスも
外人さんたちでいっぱい
いや、むしろ私以外は
若い外人さんたちしかいない。



いつから京都ってあんなに外人さんばっかりになったの?
夜ごはんを食べに商店街をうろついた時も
周りは観光目的の外人さんで溢れかえってました。


そんなこんなでバタバタした京都旅行
反省点としては
ある程度の準備と下調べは必要


でした。合唱


心屋さんのお話や、宇宙元旦の動画とか
楽しかったし
1人酒(お店で!)したし
ワインの試飲でおいしいワインをゲットできたし
アボリジニのアクセサリーや雑貨を見たり、
素敵なワンピースを作ってるお店を見つけたり


楽しかった~


写真も撮ればよかったけど、なんとなくとるのが恥ずかしくて
今回は無し
次回はいっぱい写真も撮ってこようと思う。



そんなこんなで帰りのバス。
乗る直前に
子どもたちにお土産の明石焼き(みんな大好きなので)を購入
バスの座席の棚の上においておいたら




案の定
降車した後に置き忘れたことに気が付く


最後の最後に
ちゃんとやらかす私でした。


明石焼きは地元のバス会社が保護してくれてて、
取りに行くと名前よりも「明石焼き」で通じるという
恥ずかしかったけど
皆様優しくて
感謝感謝でした。

両方に敬意を払う



私、勘違いしてました。



人のために、
思いやりを持つこと、


どちらも自己犠牲の上に成り立つものと思ってました。


だから
身近なことで言うと



子どものために自分の時間を使う。
子どものために自分が稼いだお金を使う。


それが子どものためだと、思いやりだと


勘違いしてました。


同僚の男性スタッフからこんなことを言われたことがあります。



「あなたを見ていると、辛くなる。頑張りすぎてて切なくなる」
             こんなきれいな言葉じゃなかったと思うけど


これを聞いた時
私は誉め言葉だと受け取っていました。


「頑張ってるね」ってことでしょ?


でも







違ったんですねぇ(笑)


綺麗な言葉で書いちゃったのであれですが、


ぶっちゃけ


悲惨

だったんだと思います。


子どもがいるからいいのよ
子どもが幸せならいいのよ
子どもが頑張っているからいいのよ







私がボロボロでも・・・。



そうやってやってきたから
今の自分や生活があることを
否定するわけではないのです。
だけど



当時の私は、世間様のいう
よい母親になるために
よい母親であるためには子どもはよい子でなければならない


を必死で実践してたと思います。


自分の子にも、他人様にも厳しく


ギスギスしてくさくさして


そういうのを隠そうとしても
分かる人にはわかる。


みんな言わないだけですよね。



「自分を大切にできない人が、人を助けられるはずはない」


どっかで聞いた話ですが、



自分と自分以外の人に丁寧に敬意を払いながら接する。


自分を大切にすることの本当の意味が分かった気がしています。